質問に対する回答

  • 脳卒中から助かる会」
    上野 正様
    吉田 孝様

     質問に対する回答です。

     1. 脳卒中急性期の治療は脳卒中専門病院よりも総合病院の方が良いという判断は日本の現状から見て妥当と云えるでしょうか?

     脳卒中専門病院としてやるやり方と、総合病院の中の一部門としてやるやり方の2つがあると思います。それぞれの一長一短があります。

     わが国の脳卒中医療の問題点として以下のことが挙げられます。①1つの施設に多くの脳卒中患者が集まらないため大きなチームが組めない 零細な診療態勢であること、②脳卒中専門医、特に内科医が少ないこと、③地域、チーム、病院、医師ごとに診断・治療指針に違いがあること、④病院完結型(急性期から回復期まで同一施設で治療)が多く、入院期間が長くなり収支が合わないことと、急性期治療ベッドが不足すること、⑤脳卒中専門施設にリハ部門がない、あるいはリハ専門医がいないこと、⑥多数の脳卒中患者を24時間いつでも受け入れ可能(断らない医療)で 高度先進医療の両方を提供できる急性期脳卒中治療施設が少ないこと、⑦かかりつけ医、急性期病院、回復期のリハ専門施設、維持期の病院・ 施設の連携が十分できておらず、それぞれの施設の機能を十分果たしていないこと、特に回復期リハ病棟に早期に入院できていないこと、などがあります。
     脳卒中は、死因の第三位の国民病であり、かっ単独の疾患では日本の死因の一番ですが、今まで専門的に治療がなされている患者さんは少ないと思います。総合病院においても脳神経外科医、神経内科医、内科医などが多くの疾患の1つとして診療してきています。まだ脳神経外科や神経内科による治療が受けられる方は、運がよいほうでしょう。一般内科や循環器内科による治療を受けておられる患者さんも多いと思います。
    多くの危険因子、多くの合併疾患を持っている脳卒中患者さんを総合病院で診療するということは大きなメリットがあります。また循環器内科、呼吸器科、代謝内科、心臓外科、耳鼻科、眼科、皮膚科、泌尿器科など多くの科があれば大変便利です。ただし総合病院であれば、脳卒中診療を行う脳神経外科医や神経内科医が少なく、この少ないメンバーが自己犠牲のもとに24時間診療することによりなりたっています。また他の多くの神経疾患も診療しなければならず、脳卒中に対して高度先進医療を提供するには限界があります。当科のレジデントや研修医の頑張りで何とか成り立っています。総合病院で脳卒中診療を行うには限界を感じていますが、総合病院で行う脳卒中診療も必要であることから頑張っています。神経内科と脳神経外科の脳卒中を合わせても年間400-500例程度です。また多くの科があるので、ベッドの確保の問題、病院の方針の問題、検査機器の問題などがあり、脳卒中患者さんを優先的に診療はできません。特に冬場はベッド不足のために脳卒中の急患を断ることも実際には起きて きます。
     一方、済生会熊本病院のように循環器疾患や脳卒中に特化した病院では、年間1500例程度の脳卒中を診療しており、血管内治療も可能なドクターまで配置してあります。このようにある程度、脳卒中に特化して年間1000-2000名の脳卒中診療ができれば、高度の医療を提供できると思います。ただし神経内科医、脳神経外科医、脳血管内治療医のみでは限界があるのも事実です。循環器内科医や内科医のバックアップがあれば最高の医療が提供でると思います。ドイツのハイデルベルグ大学医学部のKopfklinikのstroke unitでは、私が短期留学した1998年には神経内科医のみならず、循環器内科医と内科医が病棟に常駐してダブルチェック、トリプルチェックをしていました。やはり年間1500例の脳卒中を診療していました。わが国でも札幌の中村記念病院、秋田県立脳血管研究センター、国立循環器病センターなども総合病院ではなく、専門病院として脳卒中急性期例を数多く診療して高い評価を受けています。
     結論としては、脳卒中専門病院では、循環器内科医や内科医を確保すればさらに高度の脳卒中医療が提供できると思います。もちろん多くの脳神経外科医、神経内科医、脳血管内治療医を配置し、多くのベッドを確保でき、MRIを含む検査機器を24時間稼働できれば、総合病院でも高度先進医療は提供できるとおもいます。

     2. 脳血管医療センターの救急機能を廃止するのは余りにも犠牲が大きいと思われますが、日本の医療の現状から見て如何でしょうか?

     回復期リハビリテーション病棟は、人口10万人あたり50ベッドが必要と考えられています。またリハビリテーションは、在宅を視野にしれた地域リハビリテーションを実践できる地元の病院で行うことがベストだと思っています。一方、診療・教育・研究を行う公的なリハビリテーション専門病院は必要かもしれません。実際、関東地区には公的なリハビリテーション専門病院があります。それなのに地域全体のリハビリテーションは、公的なリハビリテーション病院のない地域より遅れています。
     今、一番問題なのは、脳卒中発症直後の超急性期・急性期の脳卒中診療です。この機能を持った病院がなくなるということは、横浜市民のみならず、関東全体、あるいは日本全体においても損失と考えられます。今後、急性期病院の在院日数が短縮し、特定の病院に患者さんが集中するようになってきます。そうなれば競争に負けて急性期病床を維持できなくなる病院が数多くでてくると考えられ、そのような病院が在宅まで視野にいれた地域に密着したリハビリテーションを提供することになると思っています。熊本のリハビリテーションが上手くいっているのは、民間病院がリハビリテーションを専門にしているからだと思っています。リハビリテーション専門病院は、障害を持った多くの患者さんを抱えており、潰れるわけにはいかず、多くの情報を早く取り入れ、収支があい、かつ患者・家族満足度の高い医療・リハ・介護を提供しています。
     このように今後、多くのリハビリテーション専門病院が誕生してくることが予想される中で、敢えて公的なリハビリテーション専門病院をつくる意味はあまりないとおもいます。さらに100床の回復期リハビリテーション病棟が増えても焼け石に水ではないでしょうか。 もっと急性期医療、脳卒中専門医療に特化した病院になるぺきだと思います。そのためには収支のあう脳卒中急性期医療を提供すべきです。収支に合わない医療は全国に広がりません。

     3. 現在相当に機能している脳血管医療センターの急性期治療を対策(2)に従って廃止し、医療医チームを分散して、どれもが不十分なSUを作るという方針は将来に向けた医療体制として適切と云えるでしょうか?

     現在、脳卒中診療では全国的に専門医不足です。リハビリテーション専門医もほとんどいません。特に研修医のスーパーローテートの影響で、人の確保が困難となっています。一度、専門医が分散してしまうと、今後、これだけの専門医を集めることは不可能に近いと思います。

     4. 熊本方式の地域完結型脳卒中医搬体制は横浜のような都市でも有効に機能するでしょうか?

     急性期病院の立場で、病院完結型に対して地域完結型を提唱した理由は、急性期病院が急性期病院としての機能を十分に発揮できるようにする必要があるからです。
     基本的には、熊本のように特定の急性期病院に短期間入院して、リハビリテーションは自宅の近くのリハビリテーション専門病院で回復期のリハビリテーションを行い、以後在宅で維持期のリハビリテーションを行うことが必要だと思います。急性期に特化した少ない脳卒中を専門とする病院と地元密着の多くのリハビリテーション専門病院の連携を進めるべきです。脳卒中を専門とする病院には、脳と心臓に特化した済生会熊本病院、総合病院としての熊本市立熊本市民病院、救命救急センターを併設した熊本赤十字病院がそれぞれ、病院の機能を発揮して地域の脳卒中急性期医療を行っています。競争原理が葉足りているところでよりよい脳卒中急性期医療を提供できていると思います。現実できには特化している済生会熊本病院への脳卒中入院が多いのが現状です。
     今後の医療では、急性期(特定)入院加算を取得でき、DPCが導入できる特定の病院が急性期病院として生き残りますので、残りは地域支援病床を持ち、回復期・維持期リハを行い、在宅支援まで行うリハビリテーション専門病院になっていくと予想されます。今後、リハビリテーション機能を持った病院が増えていきますので、リハビリテーション病床を公的病院が敢えて作ることのメリットはないと思います。一番遅れている脳卒中の超急性期や急性期医療を行う病院が必要です。ただし収支の合う医療を行うべきです。
     熊本の方式を構築した理由はいくつかあります。1つは急性期病院の神経内科医・脳神経外科医が少なく、またベッド不足がおこり、十分な急性期医療を提供できないことから、急性期病院が急性期医療に特化できるようにしたことです。医療の競争の中で特定の病院が急性期病院として生き残り、多くの病院が急性期病床を持ちつつも、リハビリテーションの比重を高めて行かざるを得なくなり、その資源を急性期病院と結びつけることで、急性期病院の機能を高めることができ、またリハビリテーション専門病院もリハビリテーションに特化でき、連携によりそれぞれ収支のあう医療を行うことができ、患者・家族満足度の高い医療を提供できています。熊本の方式は、急性期医療を高めることが大きな目的です。結果としてリハ専門病院の機能も高まり、在宅までを流れを持った脳卒中医療が展開できます。

     5. 脳血管医療センターの評価
     CT/MRI、超音波検査、脳血管造影検査が24時間稼働でき、また神経内科医、脳神経外科医、脳血管内治療医が24時間脳卒中急性期例に対応できる病院は全国的にみて数少ないと思います。特に脳卒中を専門とする神経内科医は全国的に少なく、センターは特異な存在です。横浜の病院の中では、学会などでの発表も一番多く、医療内容が公開されており、大阪の国立循環器病センター、秋田県立脳血管研究センター、札幌の中村記念病院、済生会熊本病院(脳卒中センター)などと並ぶ、日本にとって無くてはならない脳卒中センターと思っています。
     以前書いた原稿を以下に示します。
    現在わが国では、SCU(stroke care unit)と欧州型SUが区別されずに論じられていることが多い。わが国のSCUは、脳卒中集中治療室でintensiveな病棟のことである。欧州型 SUは、病棟のハードウェアそのものは一般病棟と同じで、治療に従事するスタッフが脳卒中の専門家である点が一般病棟と異なる。脳卒中専門医を中心に心臓内科医や内科医、さらにリハビリ専門医などの関与が必要で、stroke nurse、PT、OT、ST薬剤師、栄養士、MSWなどから構成されるチーム医療が核となる。人・金・物を投入したSCUでは一般病棟に比べて予後が当然良いと推測されるが、すべての脳卒中患者をSCUおいて治療するには莫大な投資が必要で収支が合わず、多くの施設にすぐには設置ができない。
     現実的な方法は、軽症から中等症の脳卒中息者をSUで治療し、重症患者は初期治療をICU(あればSCU)で行い、病状が落ち着いた段階でSUに移していく方法である。わが国においては、地方の基幹病院でもICUや脳卒中診療に必要なCT、MRI、頸部血管エコー、心エコー.SPECtなどの機器を既に備えており、ハードウェアは整っている。従って、 ①脳卒中専門医を確保し、②施設内のチーム医療体制を確立すれば、病棟再編を必嬰とし ない移動チーム方式のSUの導入は、比較的容易と思われる。脳卒中患者を多く集めることができる大都市の病院では収支が合うためSCUと欧州型SUの両方を備えることにより、重装備の脳卒中センターをつくることができる。搬送システムが整えば、SCUを持たない施設の重症患者もこの脳卒中センターが受け入れるような広域の連携システムが構築可能となるであろう。

     横浜市立脳血管医療センターは、SUからの搬送を受け人れるSCUとSUを兼ね備えた大都市における脳卒中センターであると考えられます。

     付記:SUの設置においても脳卒中専門医の確保が必須であり、特にわが国では脳卒中を専門とする内科の確保が困難です。

    平成17年7月17日
    熊本市立熊本市民病院神経内科
    橋本洋一郎